寄稿 中学1回


同窓会会長・中学一回生
進藤一馬

福中、福高五十八年の輝かしい校史をふり返ってみるとき、活気にあふれ、話題もゆたかで、しかも身近な興趣をそそるのは、スポーツ部門の多彩な躍動の記録だと思います。その中で、ひときわ傑出していて、特筆に値することといえば、やはり何といってもラグビー部の半世紀にわたるめざましい活躍ぶりを挙げねばならぬでしょうが、このたびその栄えある黄金の足跡を記録する貴重なラグビー史の刊行が実現の運びとなりましたことは、全国屈指の名門校たるにふさわしく最古の球史を誇り、一流の実力をかねそなえてきた名誉ある伝統をあまねく理解していただくためにも、このうえもない絶好の企画だと存じますし、ほんとうにご同慶にたえぬ次第であります。

福中第一回の同期生で僕と一緒に早稲田大学に進学した古川登久茂、古賀健次両兄が夏の休みに母校を訪ね、ラグビーという勇壮活撥なスポーツが早稲田で行われていることを話したところ、それを聞いた体操の教官中園淳太郎先生は“それだ。それをやろう”と大喜び、早速両君をコーチに手ほどきを受け、それが導火線となり、“母校に真摯敢闘の精神を”との両君の先見の明が実を結んで、わが母校に九州のトップを切ってラグビー部が誕生することになったのは大正十三年の七月だといいますから、今年はあたかも満五十年になるわけですが、戦前から戦中を経て戦後三十年の今日に至る間、母校の栄誉を双肩に担って、一戦々々を真剣に闘いぬいてきたラガーたちが汗と涙で書き綴ってきた戦歴は、それ自体、純真で美しい感動的な大ドラマを形成していることでしょうし、必読の好題材に充ちあふれていることと信じます。

さて、ラグビー部五十年の足跡をたどる場合、三度に及ぶ全国優勝達成の快記録はもちろんそれ相応に高く評価せねばなりませんが、同窓生として何よりも強く胸をうたれ、敬服の念を禁じえないのは、創立以来の長い道程を、常に中学、高校チームとして第一級の品格と実力を確保しながら一路勇往邁進し続けてきたことでありまして、その間に若干の紆余曲折はあったにしても、ほとんど浮き沈みの波がなく “九州に福中・福高あり”という声が次第に行きわたるとともに一流校らしい貫禄も自ら備わってきておりますことは、ほんとに喜ばしいことでありますし、心から賞賛の拍手を贈りたいと存じます。

ところで、進学校であるために、体力に秀でた逸材を数多く集めることのできぬ不利な条件を乗り越えて、全国大会に連続出場できる力量を培い、つねにA級のタイトルを保ち続けることができたのは、母校愛に燃える優秀な先輩ラガー諸賢の献身的な指導に負うところが絶大であると信じますし、先を競って牽引車となり、推進力となって、新チームに活を入れ、見事な成果をあげてこられた功労者も多々あったことと存じますが、それら先輩各位の不朽の業績も詳しく伝えていただいていることと思います。

今年もまた“福高強し”の呼び声が高いようですが、連綿として五十年も続いた〝ラグビーは福高”の時代が、七十年、八十年と記録を更新するとともにラグビー部自体もさらに大きく、たくましく、伸び栄えて行きますことを衷心より祈念申し上げて、五十年史の出版を賛えるお祝いの言葉といたします。

(昭和49年 福中・福高ラグビー部OB会発行「福中・福高ラグビー50年史 千代原頭の想い出」P.ⅵ )

(進藤一馬・・・衆議院議員、第25-28代福岡市長を歴任 同窓会会長として寄稿)